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3月, 2009の投稿を表示しています
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7月14日 (55日目) 午後、トイレのコンポース作業を私と一緒に行ったアメリカ人女性が去った。ここでの生活の中で、最も興味深い仕事だった。いろいろなおしゃべりをしながら、約3時間、長い棒と長いシャベルで深い穴に向き合った仲だ。彼女はサダナは今回で二度目であり、オーガナイザーとはかなりウマが合っていた。 夜、彼が電話をくれた。いつになく話しに勢いがあった。私の行動をこれまで以上に評価し、励ましてくれた。日本社会の中での私の行動は、周囲を戸惑わせてしまうことが時々ある。いい意味では「風変わり」だが、悪い意味では「ちょっと変」なのはわかっている。それは、立場、状況、経験、年齢等を総合的に評価した時、恐らく多数派ではない選択をしているのであろう。彼自身も少数派の中で生きているがそれに自信を持っているため、私のことを誇りに思っているという。そして、早く会いたいと…。何とも嬉しい電話だった。
7月13日 (54日目) お昼頃、オーロビルのゲストハウスに滞在している日本人女性二人がコミュニティーを訪ねてきた。前述した日本人男性オーロビリアンから紹介されたからである。私も話は聞いていたので会えるのを楽しみにしていた。ランチを一緒にとった後、コミュニティをざっと案内した。彼女たちのゲストハウスはここに比べるとかなりモダンであり、自由時間もたくさんあるため、ここでの生活にはさすがに驚いていた。その後、今度は私が彼女たちの生活を知りたく一緒にゲストハウスに向かった。そこでは、さらに韓国人学生二人と知り合り、午後を楽しく過ごした。彼らは環境問題を勉強しに来ていた。 今日は、日曜日。私にとっては最後の夜のミーティング。そして、ここに居るのもあと5日間。後半はあっとう間に過ぎてしまった。
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7月12日 (53日目) コンタクトレンズを買う為と、写真の現像をしに、午後ポンディチェリーに出かけた。その写真は近くの村で知り合った地元の人たちを撮ったもので、私からの彼らへのささやかなプレゼントにしようと思う。 夜は近くの森の中にある家でジャムセッションがあるという。ここのオーガナイザーの知り合いであり、私たちも招待されたという話を朝聞いていた。夕食後、その家の人からかかってきたきた電話にたまたま私が応対し、時間と場所 の確認と、そして、早くみんな来るように 伝えてほしいとの依頼だった。しかし、伝えるにもほとんどの人は外出していない。そこで責任を感じ、一人で行くことにした。森は暗く、懐中電灯と自分の足を頼りに進んだがそれらしい家は見当たらない。そこへちょうど2台のバイクが近づいてきたので尋ねると、彼らもそこへ行くというので連れていってもらった。 到着してみるとそこは、今まで私が訪れたインドのどの場所とも異なっていた。人も雰囲気も建物もインテリアも…。全く別の世界のようであった。彼らはミュージシャン関係の集まりであり、ラジオ局の人も来ていた。いわゆるクリエイティブな仕事で生活をしているため、一般的な村の人たちとはかなり異なる思考や趣味、スタイルを持っていた。お酒やタバコも吸い、日本のどこかのバーにいるのと変わらなかった。そこで私は勧められたヴォトカを少し頂いた。演奏はほどなく庭で始まったが、わたしたちのボランティアメンバーはまだ誰も来ない。2時間後位でやっと数人来たが、私はちょうど帰るところだった。何とも不思議で気持ちのいい夜だった。