6 月 15 日 (26 日目 ) 医者にかかってから 4 日目になり、痛みは既になく歩けるようになったが、消毒をしにまだまだ通院する必要があるという。午後、 8 人で近くのボートハウスへ行き、そこからパラダイスビーチという小さな島にボートで向かった。広いビーチで、混み合ってもいなく奇麗な水ではあったが、特別印象には残らなかった。観光地だけあって売っているものは高い。帰りがけにレストランで食事をするつもりだったが、日曜日のためほとんど店は閉まっており、結局、キヨスクのような店(お菓子や飲み物、タバコ、雑誌、ガソリン、他の細々した日用品等を扱っており、この辺りではとても多い)で甘いお菓子とチャイを飲み、戻った。 夜、薬の影響でお腹がまたゆるくなってきたので、早めに寝た。
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6 月 13 日 (24 日目 ) 薬、カメラ、財布、クレジットカード、携帯電話等が入っていたビニール袋が消えていたのに朝気付いた。コミュニティー内を探したが見つからず、みんなに報告をしておいた。しかし、お昼ごろになってボランティアに来ていたヨガの先生が袋を見つけてくれた。彼には事前に袋の形態や中身等を詳しく伝えておいた。何やら彼には見つかる確信があったらしい。探すポイントを得ているようだ。何故誰が持って行ったのかは察しがついた。実は袋の中には昨日街で買ったビスケットが入っていた。ここのコミュニティーのルールでは、ビーガン意外の食物、アルコール、麻薬(当然ではあるが)を持ち込んではいけない。目当てにした、コミュニティー内にいる犬かあるいは外から侵入した動物による仕業であろう。 それにしてもよく匂いを嗅ぎ当てるものだと感心した。最初の頃は固形石鹸も食いちぎられた。私の場合、袋が見つかってホットしたが、実はそれまでに何人かは iPod やお財布等を紛失して迷宮入りになったものがある。この手の事件はとても微妙であり、気まずい空気が漂うので公表を控えていた人もいた。ある人は警察に届けたが、書類処理(コンピュータがない!)のとてつもない非合理さと、何回も足を運ばされたことに辟易していた。結果はわからないが…。
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6 月 12 日 (23 日目 ) 足裏の痛みにこれ以上我慢できなくなり、朝、オーロビルにある医者に行くことにした。ボランティアの一人がモペットで連れて行ってくれた。傷口からばい菌が入り化膿していた。 Infection. 実はこれは私だけではなく、他の人たちも経験しており、いつも誰かしら医者にかかっていた。ある人は、手の平の傷から菌が入り指先まで感染したらしい。ここでは、ほんの些細な傷でも油断してはならないという教訓を得た。そこで、みんな傷を作ったらすぐに洗浄と消毒をしていた。おかげで救急箱はフル活動していた。前回の下痢といい、まさに免疫性の無さの現われ。仕方がないとはいえ、かなり辛かった。さらに、医者から貰った抗生物質を飲んだら、今度は胃を悪くした。ヤレヤレ。
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6 月 9 日 (20 日目 ) イギリス人カップルが去り、新たにフランス人男性と日本人女性が加わった。そろそろ私は長く居る方に属するようだ。このフランス人はとてもユニークな人で、あっというまに人気者のリーダー的存在になった。私も彼とは一番ウマが合い、今でも連絡を取り合っている。フランス語のアクセントの強い英語で誰とでも躊躇せず話し、照れ屋でお茶面。そこがまた人を魅了させる。頻繁にかかってくるガールフレンドからの電話ではよく冷やかされていた。しかし、活動の目的をよく理解し、常に問題意識を持ち、積極的にワークをこなしていた。リーダーたる要素は、単に強いだけではなく、人間臭さや弱さを含めた魅力を備えたパーソナリティーが必要不可欠だと彼の行動を見て確信した。 ところで、私はこれまで何回かインドの公共バスに乗ったが、いつ乗っても混んでいる。特に夜は家族連れも多くすさまじい。交通機関でバスは一番安いし数もあるからだろうが、どうして夜に移動するのだろう。しかし、バスにすら乗れない人も多い。以前、インドの路上生活者が存在する仕組みを聞いたことがある。貧困家庭においては、狭く暑い家の中で寝るよりは広い戸外で寝る方がまだ快適であり、時にはお金や食べ物の施しがある。そのためにわざと自分の身体を傷つけることもある。たくさんのお金がなくても生きていける反面、まともに仕事に就いていてもキャッシュを多く持つことができない。これは、彼らの問題というよりは社会のシステムに起因するらしい。事情に乏しい私の知識ではこれ以上何も言えない…。 夜、いきなり雷雨があり、木が倒れ、いくつかのハットの内側もびしょ濡れになった。しかし、一時でも暑さから逃れることができたのは幸いだった。
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6 月 7 日 (18 日目 ) 今日は土曜日。午前中にヨガをし、ランチの後、 マトリマンデル(金色の円形状のスピリチュアルな建造物)の内側へ向かった。しかし、すんなりとは入れない。まずは、その時間に予約をした人たちが指定の場所に集合した後、場所を移動し、炎天下の中、立ったままでオーロビルとマトリマンデルについての説明を 30 分聞かなければならない。その後、行列をなして内側に誘導される。荷物を預け、靴下は新しい白いものに履き替えさせられる。会話 は一切禁止。まずは冷房が効いているだけで感激。 円形の 吹き抜けになった 中央に ゆるやかな螺旋状の通路がある。ほんのりと柔らかな明かりが空間を照らし、足下には絨毯が敷かれ、私たちが歩く音は吸い込まれる。まるで SF 映画に出てくるような宇宙空間。外の世界とは遮断され、不思議な異次元ではあるが心地よい。通路を上がっていくと、いくつかの部屋があり、ほどよい間隔にクッションが置いてある。部屋の中央には小さな明かりが一つだけ置いてある。好きな場所へ座り、そして楽なポーズで瞑想に浸ること 20 分。瞑想した…というよりは眠ってしまった。炎天下で 30 分立っていたせいだろう。これが マトリマンデルの見学ツアー。一日 3 回行われており、毎回多くの人が訪れる。 今夜から明日にかけて地元のインディアン 1 人を含め 4 人で少し離れた町へ出かけることにした。週末のワークを他の人と交換するなどやりくりして、いざ出発。めざすは Tirvannamalai (ティルヴァンナーマライ)。ここは重要なシヴァ神信仰の町で、シヴァ神は火の象徴アルナーチャルシュワルとして崇められている。満月のたびに丘のふもとを周回するたくさんの巡礼者で町は膨れあがる。さて、ここで、炎のリンガという伝説を初めて知った。その伝説によればシヴァ神は、火柱に姿を変えてティルヴァンナーマライのアルナーチャーラーに現れたといわれ、これがもととなってリンガの原型ができあがった。毎年 11 月か 12 月の満月の日には、インド最古の祭りの一つ、カルティカイ・ディーバム祭がインド中で行われる。このシヴァ神伝説にちなんだ祝祭は、ティルヴァンナーマライでは特に大切な祭りだ。ここでは、 2000 ℓのギー(精製したバター)に 30m もの芯を浸し火をつける。すると巨大な炎が燃え上がり...
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6 月 6 日 (17 日目 ) コミュニティーに時々訪れる地元の若い男性と時々話をするようになった。ここでボランティアをしていると言っているが、その姿を見た試しがない。彼が地元の Vodafone のレンタルを手配してくれた。何やら他より安く借りられるとのことだったが、使ってみるとそうでもなかったので文句を言っておいた。午後、彼のバイクに便乗して隣街のポンディチェリーを案内してもらった。帰り道ビーチでくつろぎ、その後、彼の知合いのイタリアンレストランでピザを食べた。コミュニティーでは味わえない久々の刺激の多い味覚を満喫した。やっぱりたまにはこの味が恋しくなる。 昨日と今日で 4 人のメンバーが増えた。カナダ人カップルとアメリカ人女性、アジア系アメリカ人女性。 夜は、近くの村でお祭りがあるというので 10 人位で出かけた。とにかく人が多く、日本の御神輿のようなものが出ていたが、はっきり言ってよくわからなかった。
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6 月 4 日 (15 日目 ) 午後、サダナフォレストのオーガナイザー一家が 2 週間の休暇から戻ってきた。私は写真でしか見たことがなかったが、半数上の人は既に以前会っていて彼らを迎える歓迎ぶりから、一家に対する信頼性や忠誠心の高さを感じた。実は数日前から、コミュニティーの整理整頓や歓迎の飾付けを行い、彼らが留守の間に溜まった乱れ(?)を正し、気持ちよく迎えようとの気持ちからだ。一家と話したい人が多く、私も合間を見計らって少しではあったが挨拶をすることができた。 今日から 50cc の原付バイクを借りることにした。さすがに自転車での移動はしんどく、近くの村や街に出るだけでも汗だくになってしまう。 モペットと呼ばれるヘルメットなしの無免許で乗れるものだが、地元の人は確か 10 歳位の子供から乗っている。バイクレンタルのお店がたくさんあり、一日 50 ルピーで借りられる。オイルが 1 リットル平均 60 ルピー。ただし、バイクの状態は非常に悪く、ライトがつかなかったり、ミラーがとれていたり、メーターやブレーキが壊れていたり等は当たり前。文句を言わない限り直してくれない。 少し経った頃、オーロビル以外の街では私たちは運転免許が必要になった。というのは、ある外国人旅行者が地元の車と衝突し事故になったのが原因で、規制が厳しくなった。私はそもそもバイクであのすさまじい運転の仕方と騒音の中を走るつもりがなかったので関係なかったのだが、男性はやはり遠出をしたく、時々私も後部座席に乗り便乗する時もあった。そんな時に事故にあった日には、もちろん同乗者も共犯である。インド人の運転はたぶんとても上手いのであろう。レースに出場したら恐らく優勝するのではないかとつくづく感じた。バス、トラック、オートリキショウ、モペット、それぞれがクラクションを鳴らし続け、どちらも譲ろうとせず、速度も緩めない…。
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6月3日 (14日目) お腹の調子も良くなった。午後、イギリス人カップルとオーロビルのメリンストリートへ行き、アイスクリークを味わった。インドに来て初めてのスイーツ。サダナフォレストでは完璧にビーガンの食事だが、もちろん甘いモノは味わえる。ただし果実や野菜の天然の甘さを利用する。わたしはここで、ビーガンの食事のおいしさと食後の胃の負担のなさに満足した。そして、規則正しい生活、早朝から体を使った活動、ノンアルコールという生活を続けることにより、徐々に身体が変化していった。とはいえ、時々ビーガン以外のものも口にしたくなり、そんな時は、サダナを離れた場所で好みのものを味わった。特に、午後や夕食後には何人かで近くの村へ行き、チャイを飲んだ。インド人は一日に何回もチャイを飲む。お客様をもてなすのもチャイ。インドのチャイはかなり甘い(砂糖がたくさん入っている)。街にはチャイ屋さんがたくさんあり、生活と密接に関係する飲み物。スパイスを入れてマサラチャイを作ることもあり、風邪をひいた時は、ジンジャーチャイがおすすめらしい。屋台で約5ルピー。
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6月2日 (13日目) 熱は下がったがお腹の調子はまだ完全に治ってはいなかったので、こういう場合、キッチンワークは感染を避ける為、避けなければならない。 昨日、とっても明るくて元気なデンマークとオランダの女の子二人が去ち、今朝はドイツ人のとびきりハンサムボーイが去った。ここには1ヶ月半位いたが、もっと静かな場所へ行きたいとのこと。若干20歳なのに、自分なりのポリシーを持った存在感のある若者。そして何よりも、ドレッドヘアーに上半身裸で腰に長めの布を巻き、インド製の布のバッグを斜めにかけた姿は、キュートでかつセクシーであり、多くの女性を楽しませてくれた。いつか彼の写真を撮りたいと思っていたのに、結局1枚も撮ることができずに終わってしまった。 午後、アメリカ人の男子学生とカナダ人カップルが参加。このカップルは以前にもここに来たことがあるため、既にいろいろなことを知っていたし、何人かの人とは知合いだった。とても仲がよく、シャワーまで一緒だった。 今週一週間の私のデューティーは、一回目5:15と二回目5:45の目覚まし当番。
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5月30,31日 (10,11日目) 明け方までに5〜6回トイレに這って行ったというのが適切な表現かもしれない。熱があるのでた立ち上がって歩くだけで呼吸が苦しかった。こんな状態の時は、ここでのトイレのシステムはとても面倒だ。どんなシステムかというと、まず、液体用の便器と個体用の穴がある。間違えて液体用に個体が入った場合は、常備してある小型シャベルですくう。その逆は多少なら問題ない。下痢のように混在している時は個体用を使う。トイレは5カ所ありサイズはマチマチで、広いものだと8畳位の屋根なしで空を見上げながらの開放的な空間があり、私のお気に入りだった。そして、用が済んだらご承知のように基本的にはトイレットペーパーを使わず、左手を使って水で洗浄する。固形物には側に置いてあるウッドパウダー(おが屑)をカップですくい振りかける。そんなわけで、トイレに辿り着くだけでも大変なのに、さらに用をたしている時もとてつもない労力と神経を使った。 さらに、トイレ使用後の循環プロセスもすばらしい。固形用の穴の下には深さ約1m、一番広いところの直径が約80cmの壺があり、4週間位で一杯になる。一杯になるともう一つの穴を使う(一つのトイレには必ず二つの穴がある)。4週間近くになると、固形物はウッドパウダーのおかげで臭いのほとんどない、さらさらの粉末状態になっている。そして、シャベルで掘出し土に還す。 2日間、水と少しのバナナだけを口にし、後はひたすら汗をかきながら寝ていた。他のボランティアたちも、多かれ少なかれここで下痢を経験している。う〜ん、やっぱりここはインド!
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5月29日(9日目) ランチの後にミーティングがあった。日頃の問題点や提案等のディスカッション。特にコミュ二ティーを活発かつ有意義にする為に各人が持つ得意分野を生かし、それをテーマに、協同で何かを成し遂げようという意図。すばらしいアイデアだが実際に行われた事例は少ない。というのは、多くの人は午後外出し、自由時間を満喫したいと思っている。特に週末は極力当番のワークを避けたいのが本音。そのため、話合いでテーマや日程が決まっても、実際に参加する人は少ない。後にこの問題はすこしずつ大きくなった。 夜、インドに来て始めて彼に電話をした。まだ一週間しか経っていないのに既に懐かしく、彼の激励の言葉はとても嬉しく、そして、会いたくてたまらなかった。 その後、ひどい下痢と熱が始まった。
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5月28日 (8日目) 人気者で私も大好きだったザビエルが、早朝静かに去った。午後にはイスラエル人夫婦も去った。とても魅了的な夫婦。彼はプロの料理人で、彼のおかげで様々なオーガニック&ベジタリアンの食事を楽しませてもらえた。彼女はヨガを希望者に教えてくれていた。今週末にもう二人去る。一緒に過ごしていたので、いなくなるのやはり寂しい。ここでは2週間位の滞在者が多く、少しずつメンバーが変わっていく。来週にも新しいメンバーが増えるだろう。 ところで、インドに来て気づいたことがある。インド人の首を横に振るしぐさだ。最初のうちは、会話の中でYESかNOの質問をし、首を振っていたのでNOと解釈していた。しかし、「......., YES?」でも「........, NO?」でも、同じ反応だった。そこでどうやら、YESかNOの問題ではないということがわかってきた。どういうタイミングで振るのかを見極めるのは難しかったが、とにかくとても器用でチャーミングなしぐさだった。
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5月26日 (6日目) e-mailをしたくて、ポンディチェリー(Pondicherry)近くのネットカフェまで行ったが、後にもっと近くにあるのを知った。「IT国インド」という私の予想が全くはずれ、久しぶりにストレスを感じながらPCと向かい合った。帰り道、サダナフォレスの近くの村の子供たちが、広場でクリケットをしているのを眺めていたら、そのうちお互いに話し始め仲良くなった。その後、顔を合わせる度に何かと声をかけあい、私たちのコミュニティーに遊びに来たり、一緒に泥沼で泳いではしゃいだりした。みんななかなかのハンサム少年。その他にも別の一家と親しくなり、作りたてのチャパティーを頂いて帰ってきた。とても暖かみのある家族。最初、この家族の13際位の娘さんと話していたら、どこからともなく人が集まり、気がつくと7人になっていた。このような状況はその後、路上やお店でも度々出くわした。たいていの場合、人なつっこく親近感を感じ好意をもつのだが、いい時ばかりではない。私が路上で売っている布を買おうと売り手と交渉をしている時、気がついたら一人の男性が横にいて口をはさみ始めた。または、バスの中で座席のことで納得のいかない要求をされ抗議をしていた時、どんどん人が集まってきて私の理解できないタミル語で何やら言っていた。どちらもただの野次馬ではなく、それぞれが意見を言いたいという感じだった。東京人の「見て見ない振りをする」のとは大違い。 それにしても、今朝ワークで森に行く途中、穴に右足を突っ込んでしまった時に打った太ももが痛い!
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5月25日 (5日目) オーロビルの中心部にマトルリマンデル(Matrimandir)という、金色のウロコだらけの円形をした見るからにスピリチュアルな建造物がある。この中に瞑想や精神統一などを行う部屋がある。マトルリマンデルを囲んだ12の庭は、 それぞれに「存在」「意識」「幸福」など思想的な名前がついており、そのコンセプトに沿った色の花が植えられ、訪れた人々が具体的に庭の意味を感じ、体感出来るようデザインされている。その建造物の中に入るには、まず、別の場所(ビジティングセンター)でオーロビルとは何かという説明のビデオを10分ほど見た後、その証明書をもらい、後日決められた時間帯に電話で予約をしなければならない。そんなことは全く知らずに、とにかく マトルリマンデルまで自転車で行ってみた。おおざっぱな地図しかなかったので、昨日のヨガの先生に行き方を細かく聞いてから出発した。 そこで、今日はビデオを観て、予約の特権だけを得て戻った。とはいえ、道中に映る景色は初めてのものばかりで、すべてに対して興奮気味だった。 毎週日曜日の午後8:30からは、翌週一週間のワーク以外の役割分担を決めるミーティングが行われる。夕食後、メインハットに集まった。新しく参加したボランティアがいれば、このミーティングで紹介する。今週は私とアイリッシュの女性が新しい参加者だった。ここでのメンバー国籍は、イスラエル人オーガナイザーファミリーと、カナダ人女性1人、アメリカ人女性1人、ドイツ人男性1人、イギリス人男性3人・女性2人、イスラエル人女性1人・男性3人、デンマーク人女性1人、オランダ人女性1人、フランス人男性1人、アイルランド人女性1人、そして日本人私。来週一週間の当番は、全てのポットに水を満たす「水当番」。
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5月24日 (4日目) 土・日曜日は午前中のワークがなく、当番の仕事を除けばかなり自由な時間がもてるので、週末を利用して外出する人も結構いる。いつかわたしも行ってみようと思う。さて、毎週土曜日の朝7時から、地元のインド人男性が来てヨガを教えてくれる。眠いのを振り切ってさっそく参加してみた。参加者は5人だった。まだそんなに暑くならないうちにリラックスして身体を動かしたり瞑想するには、ちょうどいい時間なのかもしれない。でも、日常的にヨガをやっている人は朝5時から始めるらしい。約1時間半のヨガの後は、既に気温も上がっており、かなり汗もかいた。 午後、レンタルサイクルで初めてオーロビルへ行ってみた。約40分。自転車はとても古く重たいもので、ペダリングは決して快適とは言えなかったが、歩くよりはましだった。地元のお客だけの食堂で初めてカレーを食べた。日本で食べた私の知っていたものとは全く異なった味であった。大きなプレートに7種類の小さなカップがあり、それらは(たぶん)スープ、ヨーグルト、ピクルス、野菜炒め、他はカレーである。真ん中にライスとパパド(papad)という揚げせんべいのようなものだった。ライスと小さなカップの中身は、食べたいだけ追加してくれる。おいしいというよりは、不思議な味に興味津々という味わいだった。たぶん毎日は食べたいとは思わないかな。
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5月23日 (3日目) このコミュニティーでの日課はまず朝6時から始まる。午前中に2つのワークがある。1つは6時から8時、朝食後に2つ目で9時から11時〜12時。毎日誰が何をするかを、ワーク前に各人の希望を出したうえで決める。ワークの種類はいろいろある。森での植林、ガーデニング、清掃、料理など固定的なものと、オーガナイザーの依頼によるオフィス作業、コミュニティーで働く地元の人の手伝い、強風後の倒れた木の処理等、必要に応じたワークがある。午前中の2つのワークは基本的に誰もが参加しなければならないが、午後のワーク(料理や後片付け)は当番制である。ざっとこれが毎日のタスクである。これとは別に週のタスクがある。これも、毎週日曜日に話し合で決め、様々な役割がある。その他、平日の午後を利用して自分の得意分野や有志が行う自主的な活動もあり、これは参加自由である。基本は全て自分がやりたいこと・やれることが尊重され、しかし、ボランティア精神を忘れずにポジティブかつ積極的な行動が必要である。そして、何よりも楽しむことが大切。しかし、このことは最初はワークをこなすことでいっぱいで気づかなく、後になってやっと感じた。 午後、ボランティアの一人、フランス人男性ザビエルが自転車で近くの町へ連れて行ってくれた。彼は長期間に渡っていろいろな国を旅行しており、ここには約1ヶ月半いる。彼は人を寄せ付ける人柄のせいか、ここへ来て初めてゆっくり話しができた人である。実際、コミュニティーの多くの人に親しまれている。いろいろな話しをした中で彼の言葉「自分で何か決めたことに対しては、簡単にすぐには投げ出すな!」は、ちょっとナーバスになっていた自分に叱咤激励を与えてくれた。Merci Monsieur!
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5月22日(2日目) インド南部チェンナイから南へ160キロほど行くと、ベンガル湾の近くに緑の楽園がある。そこはオーロビル(Auroville)と呼ばれる。40年前は荒地だったこの地域の緑の回復から始めた実験型エコビレッジであり、総面積は20平方メートル、80の住居地区に約40カ国1500の人々が生活をしている。多様性の中に、人々の統合、国際理解、平和を実現しようとするものであり、経済、教育、芸術、環境、エネルギーなど、幅広い分野で実験的な取り組みが行われている。 サダナフォレストはオーロビルの中にあり、5年前にイスラエル人夫婦がプロジェクトを起こし、環境保全プロジェクトの中では新しい場所である。ここでは、循環型のライフスタイルで生活しながら、植林、水防ダムの建設などを行っているコミュニティー。建物の材料もほとんどが天然素材やリサイクルのもの。活動は寄付で運営されている。 さて、活動の初日である。朝6時、徒歩7分ほどにある森に入り、植林のための穴を掘る作業を8時まで行った。ツールは鉄の重いバーと、ハンマー、シャベル、そして土を運ぶ大きな皿のみ。機械類は一切ない。掘出した土は、水の流れをコントロールするために、土手のように周囲を囲うために使う。そのため、穴を掘る人、掘った土をシャベルですくって皿に入れる人、皿を運んで土手に持っていく人、土手を固定するために足で踏みならす人、といった役割分担が発生する。それにしても、ひたすら穴を掘るという、今までにない経験。単純で新鮮で気持ちがいい。早朝の体を使った充実感。2時間後の空腹感がたまらない!
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5月21日 (1日目) 午後1時、インドのチェンナイChennai(マドラス Madras)空港に着いてすぐに、ポンディチェリー(Pondicherry)行きのバスターミナルへ行くタクシーを確保することで頭がいっぱいだった。航空機内でインド人夫妻に目的地までの行き方を確認しておいたので、かなり自信はあったが、やはり不安は拭いきれなかった。ペイドタクシーと呼ばれる、事前に目的地までの料金を提示してくれるシステムのタクシーを確保した。そうでなければ、呼び込みや流しのタクシーになるのだが、これらの料金設定はかなり怪しく、地元の人でも料金交渉は必要であるとのこと。 バスターミナルに着いた最初の印象は、ただただ無秩序な人混みと騒音であった。タクシーの運転手に乗り場を聞いたが彼もよくわからず、一緒に探してはくれたが、途中で面倒になったのか誰かに聞いてくれと言い残して去ってしまった。 さて、何とかしてバスに乗ったはいいが、席はただ一つを残して既にいっぱいであった。それは、一番後ろの窓側の席であった。入口からその席までを大きな重いバックパックを抱えての移動は至難の技であった。誰か手助けしてくれるかなあというのは全くの甘い考えであり、それどころか誰もが疲れきった不愉快な表情をしている。バックパックを膝下に置き、膝を抱えたままの状態で、いざここから3時間強のバスの旅へ出発! ふうっ〜。 バスにはもちろんエアコンなしで、窓もドアも開けっ放しで運転。55ルピーだから文句は言えない。オートリキショウ(Auto Rikshaw)が15分100ルピーという相場から考えるとかなり安い。窓から眺めるインドの風景を、ここまできてやっとのんびり眺める余裕ができる、と思いきや、車のクラクションが異常に耳につく。どうしても必要以上に鳴らしているとしか思えない。車もバイクも競って先を急ぎ、ルールやマナーなんてないとしか思えないような運転と排気ガスのひどさ、そして暑さに辟易し、度々バンダナで顔を覆い、目をつぶって落着くように心がけた。 たぶん短時間眠ったようだが、車内に入ってきた物売りの掛け声で目を覚ました。バス停に着くごとに、食品やアクセサリーや、さらには乗客にはほとんど必要のないモノ(つまり何でも)を売りに(勝手に)入ってくる。しかも、強引な態度と大きな声で…。さらには開いている窓からも攻撃される。窓に手...